鳥貴族はなぜ値上げをしても客が増えるのか——9年前の客離れとの違いとは
鳥貴族は10月1日、全品の均一価格を390円から410円に上げました。2022年4月から、毎年の値上げで5年連続です。SNSには「また値上げか」の声も出ています。
ただ、月次の既存店データを見ると、鳥貴族の値上げには2つのまったく違う時期があります。2017年、28年ぶりに上げたときは客数が1割減りました。2025年、4年連続の4回目を上げたときは客数が7%増えました。上げ幅はどちらも5〜6%です。
この記事は、鳥貴族の値上げの是非を論じるものではありません。同じ幅の値上げで結果が逆になった理由を、価格の「錨」から読み解き、均一価格の値上げを自社でどう設計するかを考えます。
この記事の結論
・鳥貴族は1989年から2017年まで28年間280円を据え置いた。その間に最低賃金は72%上がり、価格は0%。2017年の6.4%の値上げは、客数を1割失ったうえに、開いた差を埋めるにはまったく足りなかった
・2022年からは毎年3〜5%で上げ、客数は増えながら価格が25%上がった。小刻みに上げると、顧客の「今の価格」という錨が毎年動く
・均一価格は看板商品を据え置けない。だから幅・頻度・客層で通すしかない。410円で400円の壁を越えた今回の設計の見方と、自社で小刻みな値上げを組む手順を会員限定パートで解説
何が変わったか
フード・ドリンク(税込):390円 → 410円
トリキ晩餐会(食べ放題・飲み放題):3,900円 → 4,100円
テイクアウト:390円 → 410円
上げ幅は20円、5.1%です。理由は国産の鶏肉や野菜の原材料費、人件費、エネルギーコストの上昇と説明されています。
28年の据え置きと、6回の値上げ
鳥貴族は1985年の創業で、1989年から全品280円(税別)の均一価格でした。この価格は2017年9月まで、28年間変わっていません。
同じ28年で、最低賃金の全国平均は492円から848円へ、72%上がりました。居酒屋の原価の大きな部分は人件費です。価格を据え置いたまま、コストだけが上がり続けた28年でした。

2017年10月、鳥貴族は初めて価格を上げました。280円から298円、税込では302円から321円で、6.3%の値上げです。
そして2022年4月からは、毎年上げています。
2017年10月:302円 → 321円(+6.3%)
2022年4月:327円 → 350円(+7.0%)
2023年5月:350円 → 360円(+2.9%)
2024年5月:360円 → 370円(+2.8%)
2025年5月:370円 → 390円(+5.4%)
2026年10月:390円 → 410円(+5.1%)
2022年からの4年半で、価格は327円から410円へ25%上がりました。同じ期間の最低賃金の上昇は22%です。コストの上がり方に、価格がほぼ並んで動いています。
2017年:6%の値上げで、客数が1割減った
月次報告の既存店データで、値上げ後の12か月を見ます。
2017年10月の値上げ月、既存店の客数は前年比93.0%でした。その後も客数は前年を割り続け、翌年5月から7月は88.6%、88.6%、85.8%です。12か月のうち10か月で前年割れ、年間では94.3%でした。
客単価は2〜3%しか上がっていません。値上げ幅は6.3%でしたが、客が注文を減らしたぶん、単価の上昇は半分にとどまりました。単価の上昇より数量の減少が大きい。値上げが通らなかったということです。既存店の売上は年間で96.3%。会社は期中に利益の予想を大きく引き下げました。
会社自身は当時、客数減の要因をこう説明しています。「価格改定後、とくにファミリーや40代以上のお客様を中心に、客数が減少」した一方、20〜30代のコア層は「増減率は軽微」。あわせて関東での競合の増加や、自社の出店による競合も挙げています。客数減のすべてが値上げのせいではありません。ただ、値上げで離れた客層がはっきりあった、ということです。
2025年:5%の値上げで、客数が7%増えた
2025年5月、370円から390円への値上げ月。既存店の客数は前年比107.1%、客単価は103.6%、売上は111.0%でした。

その後の12か月も、客数は11か月で前年を上回りました。年間では103.8%。客単価は値上げ幅に近い3.5〜4.7%が乗り、売上は106.7%で過去最高です。
2017年と2025年の上げ幅は、6.3%と5.4%。ほとんど同じです。それなのに、客数の動きは正反対でした。
違いは「今の価格」という錨が、どれだけ固まっていたか
顧客は、商品そのものの価値で高い・安いを判断しているわけではありません。今払っている金額を基準に判断しています。
私たちの過去19案件・57本の価格シミュレーションでは、顧客が離れずに受け入れる上限価格は、今の金額にほぼ比例していました。上限は今の金額の1.19倍が中央値で、商材や価格帯によらず、おおむね1.1〜1.3倍に収まります。最初に知った価格が錨になり、その後の高い・安いの判断がそこに引き寄せられる。価格のアンカリングです。
ここで、2つの時期の違いがはっきりします。
2017年の顧客にとって、錨は28年間動かなかった280円でした。錨は、据え置く年数が長いほど重くなります。その間にコストは72%上がっているので、本来必要だった値上げ幅は6%ではありません。しかし一度に上げられるのは、錨からせいぜい2割までです。28年の据え置きは、必要な値上げ幅だけを大きくし、上げられる幅は変えないという状態をつくっていました。6.3%ですら、28年固まった錨からは外れて見えたわけです。
2025年の顧客にとって、錨は去年の370円でした。毎年上がる店だと分かっていて、1回の幅は5%前後。価格の変化が±5%程度なら、顧客はほとんど反応しないことが分かっています。毎年上げると、錨が毎年動きます。4年で327円から410円、1.25倍。一度に上げれば離れる幅を、顧客の「値ごろ感」ごと引き上げる形で通してきました。
これは、私が値上げの講座でいつもお伝えしていることです。据え置くほど価格は錨に縛られ、コストだけが上がり続ける。後から一気に上げようとしても、上げられるのは今の2割まで。だから、到達点から逆算して小刻みに上げ続けるしかない。鳥貴族の28年と、この4年半は、その両方を一社で見せています。
均一価格は、看板商品を据え置けない
ただし、鳥貴族には普通の値上げにはない制約があります。
値上げの基本は、顧客が価格の基準にしている看板商品を据え置き、周辺で上げることです。吉野家は牛丼並盛を据え置き、マクドナルドは500円セットを守って単品で上げました。
均一価格の店には、この手が使えません。全品が同じ価格なので、全品が看板商品です。1円上げれば、全品が1円上がります。据え置く商品がない以上、均一価格の値上げは幅と頻度と客層の設計だけで通すしかありません。
そして今回、410円は400円の壁を越えました。390円は「300円台」で、410円は「400円台」です。小刻みに上げてきた鳥貴族が、初めてキリのいい数字をまたぎます。10月の客数は、11月上旬の月次報告で分かります。
では、均一価格のように看板商品を据え置けない商品で、小刻みな値上げをどう設計するのか。壁をまたぐときに何を見るのか。その方法を解説します。
ここから先は無料会員登録した方限定です。
この記事は無料で続きを読めます
- 到達点から逆算して、小刻みに上げる
- 均一価格の壁は、1皿ではなく会計で立つ
- 離れる客層を、先に知る
- 自社で小刻みな値上げを設計する手順
- まとめ
すでに登録された方はこちら